Ruru saizeria.

変わってしまう何か変わり続ける何か

紫陽花が嫌い

死の匂いがする。紫陽花を見るとうんざりする。私は最近あの花が嫌いだと感じた。梅雨に咲く花だからだ。あとたまに葉の裏にビッシリてんとう虫が付いていたりするから。

この時期はいつもそわそわしている。

父がまだ生きているような気がたまにする。もう何度も父の話をブログに書いた気がするけど4〜5年経った今でもたまにメールを送ろうとしてしまう。

今では父とどのように過ごしたか、断片的にしか思い出せない。不器用ながらも優しかった事や、一緒にプールで遊んだ事、ぬいぐるみを買ってくれた事、一緒に鎌倉に出かけた事、映画が好きだった事。

父は服屋をやっていてたまに地元に帰って服屋があった場所を見ると違う店舗になっていて悲しくなる。その近くには思い出がありすぎて未だに立ち寄らない。父の亡くなる数ヶ月前にとても我儘を言ってティファニーのブレスレットを買ってもらった。母と離婚してから父から貰った高価なものであり、最初で最期の私への贈り物になった。

 

父は今私を見たらどう思うだろうか。

わからない。ただ私は今まで人生で起きて来た全てで出来ていて、なんだかんだ生きている。何も成し遂げてないし、特別可愛くないしデブだけど生きている。それは父の死も含まれているのだと思うと寂しく誇らしく複雑な気持ちだ。

人生で無駄な事なんて一つもないって思いたい。青臭いこと言ってるかなあ。でも本当なんだよ。

 

今日は「です、ます」調を意識するの忘れたや。