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Ruru saizeria.

変わってしまう何か変わり続ける何か

あるいは無知がもたらす予期せぬ奇跡

 

 バードマン あるいは無知がもたらす予期せぬ奇跡を見ました。


【映画予告編】バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)

あらすじ

リーガン・トムソンはかつて「バードマン」という大ヒット映画でスーパーヒーロー・バードマンを演じたスター俳優だった。しかし、シリーズ終了から20年ヒット作にも恵まれず、家庭にも失敗し、仕事も家族も失っていた。失意のどん底から這い上がるためリーガンはレイモンド・カーヴァーの短編小説「愛について語るときに我々の語ること」を舞台向けに脚色し、自らの演出と主演でブロードウェイの舞台に立つことを決意する。しかし本公演前のプレビュー公演直前に1人の俳優が怪我で降板してしまう。その代役として、ブロードウェイで活躍するマイク・シャイナーが選ばれる。そのマイクの才能にリーガンは次第に追いつめられていく。そして本公演が始まる・・・

以下ネタバレが含まれます。思いついたことをダラダラ書きます。

 

 

 

 

 

 

 

 初めこの作品を見終わった時にナタリー・ポートマンが出ている「ブラック・スワン」を思い出した。どちらの作品も「舞台を演じていくうちに自分の置かれている状況が舞台の内容と似ていく」という所で思い出したのだと思う。

リーガンは「もっと」を求める。もっと評価されたい、もっと褒めて貰いたい。彼の中で『褒められる』以外の言葉は自分が評価されていると感じないのだろう。私は人に見てもらうというのは良いことも悪いことも言われることだと思う。リーガンにとっては違う。

あと生きて体があって、「存在していない」という意味はどういう意味だろうかと考えた。

心理学に認知療法というのがある。自分がやっていることを理解し、それが「良い」「悪い」と決めつけるのではなくグレーゾーンのものもあり、その基準を自分で決めて問題が起こった時にどう対処するか考える、そういう治療法。大体の人が自分の行動を「認知」しているのだけど、うつになったり私のような人間だと自分というものがあいまいになってしまう。なので確認作業が必要になる。

つまりは自分と向き合い、現実を見つめるという事なのだけど、私もそれは上手くできていない。

リーガンの場合、「現実を見つめる気がない」と思った。理想ばかりを追いかけて手に入らない事を嘆く。彼は街を歩けばサインを求められ、一緒に写真を取ってもらえないかと言ってもらえるほど人に認識されているのにそれに気づいていない。

「存在していない」という事について話を戻す。「自分が存在していない」と思う時はどういう時だろうと私なりに考えた。話を無視された時、努力をしたけど褒めてもらえなかった時、飲み会で「なんだか一人だけ浮いているなあ・・・」と思う時。

リーガンの場合の「自分が存在していない」というのはこの場合『努力をしたけど褒めてもらえなかった時』に当てはまる。

彼は存在しているが、自分の中に自分が存在していないのだと思う。彼は他人に褒めてもらったときだけそこに存在する事ができる。

たくさんの人に愛されているのに物足りない、もっとほしいと嘆くのは「愛を感じ取れない」からだと思った。彼の中に「自分」はいなく、いるのは20年前にヒットしたバードマンだ。彼が愛を感じ取れなくなってしまった理由には大ヒットしたバードマンのせいで感覚が麻痺したのではないか、と私は思う。

この映画の中に出てくる人たちは全員愛に飢えているような気がした。

映画のほとんどが長回しで、音楽は素晴らしかった。

可愛い女の子が出ているな、と思ったらエマ・ストーンさんでした。

こんなに文句みたいな事をダラダラ書いたけど、私はバードマンはすごく良い映画だと思います。