読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Ruru saizeria.

変わってしまう何か変わり続ける何か

人と仲良くなると言う事は

私は、最初に会った人の話を聞くことで仲良くなれると思っていた。その人の核心的部分をさらけ出して貰えれば仲良くなれると思っていた。酒を飲み、語らい、笑いながら自分の事を話す。みんなそうだと思っていた、だけどそうじゃないみたいだ。どうも自分はプライドが低いみたいだ。

話を戻そう。端的に言うと、もっとゆっくり時間をかけて人と接してみたい。それは今までやってこなかった事だ。当たり前の事かもしれないけど時間をかけた方が密な関係になれるのではないかと最近思った。

大学生、よく飲み会してるヤツ、そいつらの中の誰かがピンチになったらすぐに助けにいけるの?言葉はすぐ人を裏切る。あーだこーだ言って飲み会は終わる。特に核心的な話をもない。ゼミがどうだとかアイツの彼女がどうだとか下らない話ばっか。耳が腐りそう。

自分の過去も他人の過去も探らない、話さない気楽の飲みである。それがたくさん続く。私はそれらの行為に意味があるのか?と考えていた。ただ憂さ晴らしとか、その場のノリで、とかだったと思っていた。

ただ彼らが共有している時間は長く、相手が自分の事を話すよりも先に相手のことを知ることができる。それは一度だけ会い飲みに行って核心的な話をするよりも大切な事ではないかと思い始めた。

 

大学生、よく飲み会してるヤツ、そいつらの中の誰かがピンチになったらすぐに助けにいける。

なぜなら彼らは私より濃密なコミュニケートをしている人たちだからだ。たくさんの時間を人と共有し、何か核心的な事をするよりも一緒に遊び感じる方が大事なのではないかという事だ。

「どうしてメンヘラになったんですか?」という質問を初めて会った人にされる時がある、私は別にメンヘラになったことを恥じてはいるけど隠してはいないので嫌な気持ちにはならない。だが私以外の人にそんな事を聞くのはただの興味本位で、そこから何か発展する仲もありそうだけれどロクなもんじゃなさそうと思った。

 

人と対面して話すことは意味がある。たくさんの人と話したい。オフラインで。

私はわたしを認識したい、私はあなたを認識したい。