Ruru saizeria.

変わってしまう何か変わり続ける何か

いつでも切りたいよ

病気になったキッカケは?って聞かれる。
なんだっけ。

なんだか小さい頃からいつも生き辛かった。窮屈さを感じていた。寂しかった。
通院をはじめたのは中学2年の終わりだった。その頃からいまの先生にお世話になっているが、今でも感謝している。
小学6の辺りから周りに構ってほしくてリストカットをはじめたものの、それがやめられなくなり、周りはもう誰も止めず、私はただ毎日腕を切りまくっていた。母はその時うつ病リストカットなどに理解がなかったため、知っていたが知らないふりをしていたというのを後から聞いた。お兄ちゃんは知らない。毎日がハチャメチャだった。中学の時は、過呼吸は一日中なる、授業を受けたいのに受けれない、周りは受験生でしっかり勉強したいのに私はぶっ倒れる。今考えたらかなり迷惑だった。その時は自分にあう薬を探していて副作用も酷かったのでとても辛かったけど「副作用が〜」と話しても誰かに理解してもらえると思ってなかったので黙っていた。昼間から学校にいったり、二時間目で急にぶっ倒れて早退したりしていた。

今でもいつでも腕を切りたい。いつでも切れる。だけどそれをしないのは好きな人や、大切な人がやめてというから。
大切な人や好きな人がいなくなったら私はまた切り続けるのだろうなと思う。

高校でもガンガン切った。
高校では最初からつまづいて不登校になり、特別コースになってからはイライラしたらすぐ切った。教室で切るので迷惑だったと思う。その時バイトは頑張れていた。
高校を出ても切るのをやめずにいたら先生に「ヘモグロビンが足りなくてあんたこのまま腕を切っていたら死ぬわよ」と言われた。なんだかそれは困るような、でもそのまま死んでもいいなあと思いつつも貧血治療がはじまった。
リストカットは快楽だった、なんでか私は生きていてはいけない存在なのではないかといつでも思う。いつも罰を受けなきゃいけない気がしてならない。
誰かにめちゃくちゃに犯されたり、そういうのは罰じゃない。
自分で、自分を罰しなきゃ意味がない。
ドンドンエスカレートしていってしまいには根性焼きをするようになった。
タバコをじゅう、と自分の腕に押し付ける。まだ痛くない、まだ痛くない、これくらいじゃ足りないと感じた。だから続けた。
この前はとこに会ったら「腕どうしたの?大丈夫?」と心配された。はとこは中学2年生なので影響を与えたりしないか心配だから今度からは会う時は長袖かアームカバーをつけようと思った。

この先自傷をしない自信があるかと聞かれたらはっきり答えられない。よくわからない。私は自分を傷つけると今の2倍は元気になる。ただ、私が傷つけているのは私自身でなく他人ということをしってからそれがつらい。