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Ruru saizeria.

変わってしまう何か変わり続ける何か

岡崎さん

岡崎京子さんのことを考える。
岡崎さんは漫画家で、事故で漫画を描けなくなってしまった。本人は生きているけどもう漫画はかけないだろうと皆が言っている。
岡崎さんを人間として考える、
事故から目覚めて自分が大好きな漫画を奪われてそれでもこの世界には漫画が溢れている。私だったら耐えられなくなってしまい漫画などの情報を一切受け付けられなくなるだろう。
もしかしたら漫画を書くのが嫌いでせいせいしたかもしれない。そういう可能性だってある。でも漫画以外でも彼女の失った物は多すぎる。

ヘルタースケルター」が映画化されて嬉しかっただろうか、私だったら全然嬉しくない。
書きかけの漫画が集められた本が出て嬉しいだろうか。わからない。
生きているのに皆彼女の事を死んだ人のように語る。それが私はとてもつらい。
「もしかしたら!」なんて事を言いたくないし、皆聞きたくない。でも漫画がもう描けないからって名作を残した人を死んだ人間みたいに言ってほしくない。
私は彼女の事を全然わかってないのだろう。
それでも考えずにはいられない。

朝方の誰もいない道路にゴロンってしたい

最近は岡崎京子の漫画に再熱。pinkを読み直したらそれはそれは面白くて、現代のおとぎ話みたいだと思った。それから東京ガールズブラボーのコラボTが出るらしく(神様買ってください)その影響で東京ガールズブラボーを始めて読んだ。なんだかいつも感じていたモヤモヤしたことがそこには漫画に描いてあって感動した。久々にセカンドヴァージョンも読んだけど、あれはあれで好きなのだけど最後が納得がいかない。でもいつかわかる日が来るのかもしれない。
漫画すらも読めない時期に入っていて苦しんでいたがバシバシ読めるようになった。嬉しい。
普通のことが私にはとても嬉しい。
調べたところ、私の家には合計ヘルタースケルターが4冊はありそうだ。



犯罪の事を考える

昔の事件を辿るのが何となく好きだ。悪趣味なのかもしれない。でも犯人の動機や、今どうしているのだろうか、そういうことを考える。
これは考えても正解のない話だ。犯人に直接会い、話を聞けたらいいのだけれど私はジャーナリストでもないし、見ず知らずの女に心中を話すわけがない。もしくは見ず知らずの人にこそ聞いてもらいたいのかもしれない。
全然知らない人にこそしゃべれる事ってたまにない?ぶっちゃけた愚痴なんて知らない人にしか話せない。

話が逸れた、犯罪の話だ。
この前小金井市で痛ましい事件があった。私はゾッとした。なんだか秋葉原の事件をその時何故だかわからないけど思い出したのだった。
刺された彼女は重体で、生きていても後遺症が残るかもしれないと言われている。だがそれでも生きて欲しいと思った。
犯人のTwitterやブログを見た。そこには何だかダダをこねた子供がそのまま大人になってしまったような文が書いてあった。そして、「友達が欲しい」とも何度も書いてあった。秋葉原の事件の加藤氏も「孤独」だった。
皆、孤独に振り回され結果として孤独を捨てる。そして無になり、何も失うものはないようになる。何も失うものが無い状態の人間は非常に危険だ。何も失うものが無い人間なんているのだろうか、犯罪を犯すと社会性や人間性が欠如されてしまう。それすら彼らにとってはどうでもいいのだ。そうなるともう止まらない。
三鷹や小金井辺りは普段は穏やかでたまにとても極悪な事件が起きる。三鷹のストーカー殺人事件もそうだった。
久々になんとなくあの事件はどうなったのだろうと思ったら、2016年に懲役22年の判決が下されたらしい。ビックリした。人の命が、一生を奪っておいて22年で出れる。しかし、もしかしたら犯人は更生するかもしれない。更生しても社会が受け入れてくれなかったら?また犯罪を犯してしまうかもしれない。
そんな事を考える。ずっとずっと答えはでない。そうして朝を今日も迎える。

ふがいないや、いや。

何年間も知り合いだったとしても、1度の失敗で崩れさった信頼は戻らないのだと思う。最近そういう事を痛感する。
それは人間関係に多い。仕事上の失敗は仕事で取り戻せる。人間関係で1回「こりゃダメだ」となられるともうダメだ。
私はどんどん人と仲良くできるとボロがでてきて「こりゃダメだ」と思われて距離ができてしまう。今もそうなのかもしれない。
気をつけていたのに。
なんだかもう疲れちゃって、もういいや。

辛いカレー食べたい

f:id:naho-rin117:20160507003012j:imageコミティアお疲れ様でした。今回第何回なのかわからない。連日の飲み会続きでなほるるは金を失っていた…。五千円握りしめティアへ。
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ピエロ会のブースができていた!凄い!(当日はぬぎ子先生のお手伝いをしていた。)
出来上がったものを初めて渡されたのでなかなか読めずさっき読んだけどバランスがいい本になっていて良かったと思いました。
コミティアは終わり、いろいろな人と話して胸の中が満たされていくのを感じながら帰宅。
眠剤がなくて辛い。11日まで眠剤なしだぞ〜〜!?!


人と仲良くなると言う事は

私は、最初に会った人の話を聞くことで仲良くなれると思っていた。その人の核心的部分をさらけ出して貰えれば仲良くなれると思っていた。酒を飲み、語らい、笑いながら自分の事を話す。みんなそうだと思っていた、だけどそうじゃないみたいだ。どうも自分はプライドが低いみたいだ。

話を戻そう。端的に言うと、もっとゆっくり時間をかけて人と接してみたい。それは今までやってこなかった事だ。当たり前の事かもしれないけど時間をかけた方が密な関係になれるのではないかと最近思った。

大学生、よく飲み会してるヤツ、そいつらの中の誰かがピンチになったらすぐに助けにいけるの?言葉はすぐ人を裏切る。あーだこーだ言って飲み会は終わる。特に核心的な話をもない。ゼミがどうだとかアイツの彼女がどうだとか下らない話ばっか。耳が腐りそう。

自分の過去も他人の過去も探らない、話さない気楽の飲みである。それがたくさん続く。私はそれらの行為に意味があるのか?と考えていた。ただ憂さ晴らしとか、その場のノリで、とかだったと思っていた。

ただ彼らが共有している時間は長く、相手が自分の事を話すよりも先に相手のことを知ることができる。それは一度だけ会い飲みに行って核心的な話をするよりも大切な事ではないかと思い始めた。

 

大学生、よく飲み会してるヤツ、そいつらの中の誰かがピンチになったらすぐに助けにいける。

なぜなら彼らは私より濃密なコミュニケートをしている人たちだからだ。たくさんの時間を人と共有し、何か核心的な事をするよりも一緒に遊び感じる方が大事なのではないかという事だ。

「どうしてメンヘラになったんですか?」という質問を初めて会った人にされる時がある、私は別にメンヘラになったことを恥じてはいるけど隠してはいないので嫌な気持ちにはならない。だが私以外の人にそんな事を聞くのはただの興味本位で、そこから何か発展する仲もありそうだけれどロクなもんじゃなさそうと思った。

 

人と対面して話すことは意味がある。たくさんの人と話したい。オフラインで。

私はわたしを認識したい、私はあなたを認識したい。

お互い真っ白ね

4週間ぶりの病院。
自立支援の手続きができてなく病院の人に怒られ申し訳ない。市役所に行くのが怖いというのが上手く母に伝わらない。
体調が悪く、電車で倒れるかと思ったが耐えた。
朝と夜飲んでた薬が朝昼夜になる。
セロクエルはなくなり、エビリファイになった。薬の管理をしっかりしないとと思い管理アプリを入れた。夜ご飯を作ろうと思っていたが断念。美容院にも行きたいがお金がないし、シャンプーも切れた。いっそのこと坊主にしようかと考えた。

疲れることばかり。
ラリった子が夜中に電話してきて暴言を吐く。次の日には「覚えてない」で謝罪の言葉もない。そういえば高校生の時付き合っていた先輩もサイレースでキマって電話をかけてきては暴言を吐いていた。何かの法則性があるのだろうかと考える。電話をしてくる子とは距離を置くことにした。
友達がほしいと思っていたけどもう今から作るのは難しいと思い始めた。今いる人達を大切にしたい。
もしくは誰かに使い捨てのゴミみたいに扱われても大丈夫なように意識改革したい。皆何かの代用品なのだからそういう考えはできるはずだ。

ぼんやりと、電話先で「全員嫌いだ、死んじゃえばいい」と言えるあなたが羨ましいと思った。