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Ruru saizeria.

変わってしまう何か変わり続ける何か

同性が怖いことからの脱却、そして混沌

私は3年ほど前にとても仲が良い友達が居ました。その子は岡山に元々住んでおり、ちょくちょく深夜バスに乗っては彼女の家にお泊まりしにいったりしました。

彼女が上京したいといい、すぐ上京してきました。嬉しかったです。上京してすぐに彼女は変わってしまいました。

「可愛くて細くてファッションセンスがいい子と仲良くなりたい、一緒に歩きたい」と言い始め私はそこに含まれて居ませんでした。

 

 

信じていた友情が音を立てて崩れ落ちるのを感じました。人間関係をどんどん変えていく彼女に私は戸惑い、彼女の前で自傷的な事をしてしまい完全に嫌われてしまいました。

私が被害者のように書いていますが、

普通の人が急にメンヘラ的な行動を目の当たりにしたら傷つくと思います。

 

久々に彼女と会って飲んだ時は業界の話ばかりでした。元々彼女は才能があったので上手くやれててそれは嬉しい事です。

 

それからというもの、「可愛さ」や「細さ」、「ファッションセンス」などは私の恐怖の対象になりました。同性は怖いし、信じられなかったです。

最近は1週して開き直り自分の性別がよくわからりません、働いている場所も可愛い子が多くて癒されます。だから、私は多分 元気になりつつあります。

 

空白を睨んでみる

人のことを心配したり親身になるのはもうやめようと去年思った。でも今年は1つだけかけてみたい、それがうまくいったら私はとても喜ぶだろう。他人のことなんて動かせないし、腹の底では何考えてるかわからない。しかしそこが面白い。私はいろんな期待に裏切られながらも面白さを味わっているんだなあ。

自分がこんなヘンテコな人間になると思わなかった、不思議だなあ。

ところで、舌ピを空けましたよ。

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おやすみなさい

熱でバイトをお休みしました。

なんとか続いています。

周りの人間のおかげだと本当に思います。年単位であってない人などがバイト先に遊びに来たりして、凄く嬉しいです。バイト先の人たちが優しかったりして救われています。

 

「今」はとても充実しています。こんな事は久々で昔は幸せが怖くて怖くて仕方がなく手に入れては壊して捨ててしまっていました。久々にその感覚を味わっています。この幸せが消えないよう、どうしていくべきなのか、

そして私は5年後10年後どういう姿でいたいのかという事を最近は考えています。

ゲットダウンに出てくる女ボスみたいになりたいなあとか、マツコデラックスみたいな人になりたいなあと思うのですがイマイチそこまでこルートがよくわかりません。

まだまだやる気も空回りしてひとりずもうを続ける感じなのかなと思います。

昨日たくさん寝たので寝れないのですが頑張って寝ます。

紫陽花が嫌い

死の匂いがする。紫陽花を見るとうんざりする。私は最近あの花が嫌いだと感じた。梅雨に咲く花だからだ。あとたまに葉の裏にビッシリてんとう虫が付いていたりするから。

この時期はいつもそわそわしている。

父がまだ生きているような気がたまにする。もう何度も父の話をブログに書いた気がするけど4〜5年経った今でもたまにメールを送ろうとしてしまう。

今では父とどのように過ごしたか、断片的にしか思い出せない。不器用ながらも優しかった事や、一緒にプールで遊んだ事、ぬいぐるみを買ってくれた事、一緒に鎌倉に出かけた事、映画が好きだった事。

父は服屋をやっていてたまに地元に帰って服屋があった場所を見ると違う店舗になっていて悲しくなる。その近くには思い出がありすぎて未だに立ち寄らない。父の亡くなる数ヶ月前にとても我儘を言ってティファニーのブレスレットを買ってもらった。母と離婚してから父から貰った高価なものであり、最初で最期の私への贈り物になった。

 

父は今私を見たらどう思うだろうか。

わからない。ただ私は今まで人生で起きて来た全てで出来ていて、なんだかんだ生きている。何も成し遂げてないし、特別可愛くないしデブだけど生きている。それは父の死も含まれているのだと思うと寂しく誇らしく複雑な気持ちだ。

人生で無駄な事なんて一つもないって思いたい。青臭いこと言ってるかなあ。でも本当なんだよ。

 

今日は「です、ます」調を意識するの忘れたや。

覚えてる?私のことを。

寝れないので文章を書きます。2017年は頑張るぞ!といって週2ですがバイトをはじめました。私がバイトをしているところはシェアハウスの3階にあり1〜2.4〜5と人が住んでいます。住んでいる人は殆どが知り合いでもう5年ほどの付き合いになる人もいます。なんとなくたまに顔を合わしたりしていた仲ですが、再会するとは何かの縁なのでしょう。私は朝5時半に起き、バイトに行きます。朝の電車は苦手ですがなんとかやっています。凡ミスばかりしてしまったり体調が優れなかったりしてお休みをいただいたりしますがバイト先の方が柔軟に対応してくれて助かっています。やはり私は寂しがり屋なのでどこか誰かに『認知』してもらえる場所に行くと嬉しいと心から思います。寂しがり屋だからと言って他人に依存したりしあったりすると無理が生じ私は大体めちゃくちゃになります。そうなると他人に迷惑をかけてしまい自己嫌悪に陥り、腕を切ったりしてしまいます。

 

「将来何になりたいの?」とか「やりたい事はないの?」とたくさんの人に聞かれるけど全然私にはまだわかりません。自分の好きなものや興味が持てるものを模索するので精一杯でその中で「やりたい事」なんていわれてもハードルが高すぎて混乱してしまうのです。

とりあえず「今できることを増やしていこう」と思いました。そういえばリストカットをして腕を16針縫って膀胱炎になりました。頑張りたいという気持ちが前に出すぎていて体がついてきてくれなかったみたいです。そういう自分とも折り合いをつけて行きたいと思います

自分なりに一生懸命だった、という事は相手に伝わらなければ意味がない

 

何者かになんかもうならない!

ライターになんてもうなれない!なぜなら学ぶ意欲がない。知識がない。

私が望んだものにはわたしはなれない。それでいい!

私が納得できるものであればそれでいい、しかしそれは一体なんだというのか。

キラキラしたい、その裏がドロドロの苦労に塗れていても。