Ruru saizeria.

変わってしまう何か変わり続ける何か

不透明な夢

小学生の頃好きだった男のコに告白する悪夢をよくみる。彼は私と真逆でスポーツができ、毎回テストが100点だった。そういうところが好きだったわけではない、彼は寒い日も暑い日もずっと同じ格好をしていてあれは今思えばネグレクトだったんじゃないかと思った。彼からはなんとなく死の匂いがして、私はそこに惚れてしまった。助けたいという思いと助けてほしいという思いで一杯だった。不純な動機だったのだ。

 

私はなぜかよく隣の席に当たってしまい照れてほとんど話せなかった。今だから診断されてわかったけど後天的な発達障害のせいか、さんすうがまるでわからず、体育も足が遅かった。どうして皆1位になりたがるかわからなかった。発達障害ならそれをもっと早くに教えてほしかった。

頑張っても頑張っても、周りに教えられても私は覚えられず周りにも呆れられて、ついには自分を諦めた。頑張ることをやめた。テストの結果を親に見せる制度はうちにはなかったし、親は私を育てるので精一杯だった。それは正しいことだと思う。

何かをして褒められる、頑張ってご褒美に何かを買ってもらうなどそういうものはなかった。

 

私は皆とどうして違い、どうして皆は私と違うのかずっと小さい頃は考えていた。

 

熱がある時は悪夢をよくみる、最近は熱がなくてもよく見る。睡眠を苦痛に感じてきた。

死んだら私は夢を見ずに済むのだろうか、それなら少しいいかもしれない。それくらい苦しい夢を毎回見る。

今は気持ちがあまり元気でない、風邪の時に考えても仕方がないことばかり考える。気持ちが死にむかっている。笑えば笑うほど、私の中の何かが死んでいく。

 

他人がどう私のことを思うかなんて気にしても仕方がないのはわかってる、でもどうしても気にしてしまう。私には自信がない。昔からの大きな劣等感だけが私を追い回す。それは大人になっても。

サラダチキン

Netflixドラマ「13の理由」を見ている。元々あった事件をきっかけにしているらしく、1話1話がとても重いが引きがよくてどうしても気になってしまう。

ハンナが孤立した理由は高校生の時の私とよく似ている。そうして、1人を疑い始めた瞬間もう誰も信じられなくなる。彼女の孤独がわかるからこそこのドラマを見なくてはと思う。シーズン2が決まったのでシーズン2がこっちにきてから全部見ようかな?というのもあります…。

 

 

アニメやドラマも映画も漫画も気をつけなければ摂取しなくなる。たくさんの情報が行き交う中で自分が何を選び何を見るかで様々なことが変化していくのを最近は感じる。食事みたいだな〜って思う。

 

今日は父の命日で、何回めだろうか。父の葬式に行かなかったのは今でも少し悔やんでいるけど後悔はしていない。6月6日はいつも天気が悪くて私はなぜか早く起きる。

私が死んだ時、彼に会えるだろう、その時何を話そうかいつも考えている。

“人生を選べ”

私はSNSでのやりとりよりもお互いが直接対面してのやりとりの方が100倍の価値を持っていて、そしてそれはとても意味のあることだと信じています。

正直にいうとTwitterはなくなればいいと思うし、ある日Twitterがなくなった時 皆の動揺を思うとワクワクします。私も動揺するだろうけど笑

Twitterが突然なくなるのはある意味今の時代テロのようなもので、皆はマストドンとかに流れていってしまうのでしょうか。

「昔は良かった」と決して言いたくない。でも昔の方が良い面があり、今の方が優れている面もあると思います。どちらかが良いなんて言えないし、わからない。

この前見たトレインスポッティング2はそんな感じの内容でした。昔、そして今。

 

時代が変われば音楽も変わり、人も変わる。ついてけないのは私だけか、それともついていきたくないのだろうかとたまに思います。

 

同性が怖いことからの脱却、そして混沌

私は3年ほど前にとても仲が良い友達が居ました。その子は岡山に元々住んでおり、ちょくちょく深夜バスに乗っては彼女の家にお泊まりしにいったりしました。

彼女が上京したいといい、すぐ上京してきました。嬉しかったです。上京してすぐに彼女は変わってしまいました。

「可愛くて細くてファッションセンスがいい子と仲良くなりたい、一緒に歩きたい」と言い始め私はそこに含まれて居ませんでした。

 

 

信じていた友情が音を立てて崩れ落ちるのを感じました。人間関係をどんどん変えていく彼女に私は戸惑い、彼女の前で自傷的な事をしてしまい完全に嫌われてしまいました。

私が被害者のように書いていますが、

普通の人が急にメンヘラ的な行動を目の当たりにしたら傷つくと思います。

 

久々に彼女と会って飲んだ時は業界の話ばかりでした。元々彼女は才能があったので上手くやれててそれは嬉しい事です。

 

それからというもの、「可愛さ」や「細さ」、「ファッションセンス」などは私の恐怖の対象になりました。同性は怖いし、信じられなかったです。

最近は1週して開き直り自分の性別がよくわからりません、働いている場所も可愛い子が多くて癒されます。だから、私は多分 元気になりつつあります。

 

空白を睨んでみる

人のことを心配したり親身になるのはもうやめようと去年思った。でも今年は1つだけかけてみたい、それがうまくいったら私はとても喜ぶだろう。他人のことなんて動かせないし、腹の底では何考えてるかわからない。しかしそこが面白い。私はいろんな期待に裏切られながらも面白さを味わっているんだなあ。

自分がこんなヘンテコな人間になると思わなかった、不思議だなあ。

ところで、舌ピを空けましたよ。

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おやすみなさい

熱でバイトをお休みしました。

なんとか続いています。

周りの人間のおかげだと本当に思います。年単位であってない人などがバイト先に遊びに来たりして、凄く嬉しいです。バイト先の人たちが優しかったりして救われています。

 

「今」はとても充実しています。こんな事は久々で昔は幸せが怖くて怖くて仕方がなく手に入れては壊して捨ててしまっていました。久々にその感覚を味わっています。この幸せが消えないよう、どうしていくべきなのか、

そして私は5年後10年後どういう姿でいたいのかという事を最近は考えています。

ゲットダウンに出てくる女ボスみたいになりたいなあとか、マツコデラックスみたいな人になりたいなあと思うのですがイマイチそこまでこルートがよくわかりません。

まだまだやる気も空回りしてひとりずもうを続ける感じなのかなと思います。

昨日たくさん寝たので寝れないのですが頑張って寝ます。

紫陽花が嫌い

死の匂いがする。紫陽花を見るとうんざりする。私は最近あの花が嫌いだと感じた。梅雨に咲く花だからだ。あとたまに葉の裏にビッシリてんとう虫が付いていたりするから。

この時期はいつもそわそわしている。

父がまだ生きているような気がたまにする。もう何度も父の話をブログに書いた気がするけど4〜5年経った今でもたまにメールを送ろうとしてしまう。

今では父とどのように過ごしたか、断片的にしか思い出せない。不器用ながらも優しかった事や、一緒にプールで遊んだ事、ぬいぐるみを買ってくれた事、一緒に鎌倉に出かけた事、映画が好きだった事。

父は服屋をやっていてたまに地元に帰って服屋があった場所を見ると違う店舗になっていて悲しくなる。その近くには思い出がありすぎて未だに立ち寄らない。父の亡くなる数ヶ月前にとても我儘を言ってティファニーのブレスレットを買ってもらった。母と離婚してから父から貰った高価なものであり、最初で最期の私への贈り物になった。

 

父は今私を見たらどう思うだろうか。

わからない。ただ私は今まで人生で起きて来た全てで出来ていて、なんだかんだ生きている。何も成し遂げてないし、特別可愛くないしデブだけど生きている。それは父の死も含まれているのだと思うと寂しく誇らしく複雑な気持ちだ。

人生で無駄な事なんて一つもないって思いたい。青臭いこと言ってるかなあ。でも本当なんだよ。

 

今日は「です、ます」調を意識するの忘れたや。