Ruru saizeria.

変わってしまう何か変わり続ける何か

良い子悪い子ふつうの子。

正しい選択が誰しもが喜ぶものではなく、正しい選択は側から見て「うん、君の言っていることは正しいし、美しい」と褒められるものだとしても、私はずっと息苦しかった。

いい子であれといつも言われていたがいい子にしてたってだれも褒めてくれない、それが当たり前の事だから。

 

いい子になりたくない。

私が変わっても、向こうが変わらなければ意味がない事なのだ。自分の責任は自分で持てるようになりたいし、いい子にはならない。

大人になってもいい、ただしいい子だけは嫌だ。

 

災害

結果的に私は死ななくてなんとか生きています。それは奇跡的な事が多々あったのと、凄く働きたかった場所で働けていること、応援してくれる人がいること。

何度も縫うほど腕を切りました。多分これからも縫ったりするんじゃないかとぼんやり思います。しかしそれで生きていられるなら私にとっては仕方がないことでとても些細なことです。

 

私は自分のことを「災害」だと思っています。人に言われるし、自覚もあります。関係した人を不幸にしてしまう、久々に行ったイベントで飲みすぎて潰れてしまう。そういう人間は人前に出ず誰とも関わらず静かに暮らした方がいいのです。でもこの世の誰が「誰とも関わらず生きていける」のでしょうか。「関わる」という事の定義がまず私の中では広く、コンビニの店員さん、バイト先の上の方、連絡先も知らないけどもたまにイベントで会う人。もうその人たちとは私は「関わって」いる気がするんです。

私は「災害」です。自分を抑えられません、自分を制御できません、それが苦しく悲しいです。

それでも生きていかなくてはと、腕を縫ったりして何とか生きています。そういう自分が偉いとか、そういう事が言いたいんじゃなくて。

ただ精一杯なんです、余裕もないんです。

それだけ知ってほしい、そして、ごめんなさい。

 

 

本当に凍った心を持っている人の心はなかなか溶かせない。

誰しもに薔薇の花の棘のような部分が存在していて、そこを触ると少し痛い。覚悟を決めた人間というのは、本当に強い生命力を発揮する。

「死」を決めた人間はそこへわずかなエネルギーを注ぐ、最後の生命力を使う。

なんだか私たちはいつも遅くて本当に嫌になる。

誰しもが同じ列車に乗っているとは限らないと知った。

死んでなくてごめんなさい。

もうちょっと頑張ろう、もうちょっと頑張ろうと誤魔化し続けて1ヶ月経ちました。死んでなくてごめんなさい。

もう少し生きてみようかな?と思った所、心中相手からLINEがあって、またどうしようかなと揺らいでいるところです。

言い訳ですが私が死のうと計画してるのは少しお金がかかり、今はお金が3000円くらいしかなくてまた死ぬなら10月中旬になります。

 

様々な事を裏切り続け、裏切られ続けてきていろんな事に申し訳なく そしてそんな申し訳なく思っている私を皆どうでもよくてそれが本当に憎たらしい。

 

昨日は久々にこえをあげて泣きました 人と一緒に。「どうして頑張っているのに、こうなってしまうんだろうね」と話しました。頑張れば頑張るほど深みにはまっていくような気がするのはどうしてでしょうか。

 

いろんな物や人が好きだったのに嫌いになってしまった9月でした。10月も私は死なないのでしょうか。

 

Here's to the fools who dream.

死ぬことばかり考えている。私は幸せなのにどうして死にたくなるんだろうと罪悪感に苛まれる。

 

医者にも行けなくなってしまった。1人で全然外に出れない。お金もない。

心中の話はなくなったような気がして、それなら1人で死のうと思った。

 

死ぬのなら1発で死にたいな、とずっと考えていた。後遺症が残るものや、ただ怪我をして終わるのはお金が勿体無く母親に申し訳ないと思う。

死のうと思う自分と必死に生きようとしている自分がいる、必死に生きようとしている自分をわたしは守らなくてはならない。奴らからだ。

 

もう9月の24日くらいまで予定を立ててしまった。それまでに私は何をするんだろう、もうわからない。

 

もう痛くない

「生きて欲しい」といろんな人から言われた。「死んだら悲しい」とも。

それを言ってくれたのは凄く嬉しかった。だけど死を覚悟している人間に「生きて」は暴力的な言葉だと思った。言われるたびに胸がチクチクと痛んだ。

 

Twitterを始めてからたくさんの人間が周りで死んでいった。会ったことある人も、ない人も。

一番悲しかったのは会ったことある人間の死だ。とても悲しかった、やりきれなかった、もう会えないんだと心の整理がどうもうまく行かなかった。

 

今の私は 怒りもせず、悲しみもせず、嬉しいともおもわず、ただぼんやりとしていたい。

 

遠回りしてた さよなら 戸惑っていた さよなら。

耐えられないことが立て続けにあり、もうダメだとなった時に今まで一生懸命話を聞いたり相談に乗ってた人たちにSOSをだしたが全員連絡はなかった。後から連絡をくれたりしてくれた人はいたが皆軽い返事だった。べつに相談乗ることを「のって“あげている”、話を聞いて“あげている”」というつもりではなくて全部自分のためだ。相手の話を聞くのは自分のためだ。だけど今回は流石に絶望してしまいつくづく人間は1人なのだと実感した。

 

友達と心中の計画を立てている。どうせ死なないけど、まず「心中の計画をたてる」というところで心が少し安定する。

お互いに本当に死ぬかどうか考える期限を決めることにした。私は今すぐにでも決行してもいいのだけど、心の準備や最短は必要だと考えた。期限は1ヶ月だ。

昔中学の頃に信頼している友達に「一緒に死んで欲しい」とお願いしたけど返答は「1人で死ね」だった。彼女が言うことは正しい。

自殺をするなら1人で死ぬべきで、誰かを巻き込むべきではないと思う。私は間違ったことをしている。

もうそれが間違いなのか正しいことなのかなんてどうでもいい。とにかくこの世から消えたい

たくさん良くしてくれる人はいる、恵まれている、わかっている それでもこの気持ちを抑えられない。リストカットももうする気力がない。

 

昔ブログに書いた「年末になったら死にます」というスレを立て、明るくいた女性がいた。私はその彼女にとって“死”というものが“希望”である事を大人になってからわかった。

私も今その“希望”を持っている。私の心の中にある唯一の明るいロウソクだ。消えたら私はもうどうしたらいいかわからない。

 

 

こんな長文を書けるならそのエネルギーを生きることに費やせって?それは無理だ、私には人に愚痴を言う事も上手くできない。ここに自分の素直な気持ちを書くしかない。